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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(オ)631号 判決 1977年12月23日

上告人

大宝商事株式会社

右代表者

若山武之助

右訴訟代理人

阿部長

阿部泰雄

被上告人

金今和子

被上告人

金今寛

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人らの請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人阿部長、同阿部泰雄の上告理由第一点について

原審は、商法二三条所定の名義貸与者の責任について、右の責任はその者を営業主と誤認して営業に関する取引をした者に対してのみ認められるものであつて、交通事故のような事実行為たる不法行為を理由とする損害賠償の請求は、右営業に関する取引とはいえないから、名義貸与者がこれについて責任を負うことはありえないとしながらも、すすんで、名義貸与者と同種の営業活動上惹起した交通事故につき不法行為に関する責任のあることを前提として、名義貸与を受けた者が名義貸与者の商号を用いて被害者と示談契約を締結することは、右にいう営業に関する取引にあたり、名義貸与者は、その者を営業主と誤認して右契約を締結した者に対し、名義貸与を受けた者と連帯して弁済の責に任ずべきものであると判示したうえ、(1) 訴外大久保行二は、上告会社からその名義(商号)を使用することの許諾を受け、上告会社の商号である大宝商事株式会社の大東町出張所名義で事務所を開設し、同出張所長の肩書を用いて営業を行つていたこと、(2) 本件交通事故は右の大久保が営業活動を行うについて惹起されたものであること、(3) 被上告人らは、大久保から上告会社大東町出張所長である旨を告げられ、上告会社の住所、電話番号を付記した右肩書つき名刺を受領したこと等から大久保を上告会社の出張所長と信じ、大久保との間で、背後に本社としての上告会社の存在を前提とし、右出張所を相手方として、昭和四九年五月二四日、右出張所が、被上告人和子に対し医療費、慰藉料等九二万四一七〇円を、同寛に対し休業補償費等九万一五六〇円を同年一二月三一日までにそれぞれ支払う旨の本件示談契約を締結したこと等の事実を確定し、右事実関係のもとにおいては、上告会社は大久保が締結した右示談契約に基づいて被上告人らに対し弁済の責に任ずべきものとして、被上告人らの上告会社に対する本訴請求を認容している。

しかしながら、商法二三条の規定の趣旨は、第三者が名義貸与者を真実の営業主であると誤認して名義貸与を受けた者との間で取引をした場合に、名義貸与者が営業主であるとの外観を信頼した第三者の受けるべき不測の損害を防止するため、第三者を保護し取引の定全を期するということにあるというべきであるから、同条にいう「其ノ取引ニ因リテ生ジタル債務」とは、第三者において右の外般を信じて取引関係に入つたため、名義貸与を受けた者がその取引をしたことによつて負担することとなつた債務を指称するものと解するのが相当である。それ故、名義貸与を受けた者が交通事故その他の事実行為たる不法行為に起因して負担するに至つた損害賠償債務は、右交通事故その他の不法行為が名義貸与者と同種の営業活動を行うにつき惹起されたものであつても右にいう債務にあたらないのはもとより、かようにしてすでに負担するに至つた本来同条の規定の適用のない債務について、名義貸与を受けた者と被害者との間で、単にその支払金額と支払方法を定めるにすぎない示談契約が締結された場合に、右契約の締結にあたり、被害者が名義貸与者をもつて営業主すなわち損害賠償債務の終局的な負担者であると誤認した事実があつたとしても、右契約に基づいて支払うべきものとされた損害賠償債務をもつて、前記法条にいう「其ノ取引ニ因リテ生ジタル債務」にあたると解するのは相当でないというべきである。

してみれば、原審の確定した右事実関係のもとにおいて、名義貸与者である上告会社もまた大久保と連帯して本件示談契約上の債務を弁済する責任があるとした原判決には商法二三条の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、右違法はその結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、原判決は、その余の上告理由につき判断を加えるまでもなく破棄を免れず、これと同旨の第一審判決もまた取消を免れない。

そして、右説示したところによれば、他に特段の主張・立証をしたことの認められない本件においては、被上告人らの本訴請求はいずれも理由がないものといわざるをえないから、これを棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 本林譲 服部高顕)

上告代理人阿部長、同阿部泰雄の上告理由

第一点 原判決は判決に影響及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

原判決は商法第二三条の解釈適用を誤まつている。即ち、原判決は「名義貸与者と同種の営業活動上惹起した交通事故について不法行為に関する責任のあることを前提として、名義貸与を受けた者が名義貸与者の商号を用いて被害者と示談契約をすることは右にいう営業に関する取引にあたるべきものというべきであり」として、営業に関する取引が商法第二三条規定の取引であるとの解釈を採つている。しかし商法第二三条の取引はそれ自体営業行為である取引をいうのであつて交通事故の如き不法行為に関する示談契約まで含むものではない。

このことは従来の判例(昭和三六年一二月五日第三小法廷判決民集第一五巻第一一号二六五二頁、昭和四三年六月一三日第一小法廷判決民集第二二巻第六号一一七一頁)によつても明らかである。

仮りに、営業活動上惹起された不法行為に関する示談契約であつても、それはそれ自体営業行為ではないのであるから名板貸制度の射程範囲を越えるのである。商法二三条の責任は経済的利益の流動する過程、それ自体利益獲得をめざす営業行為たる取引において妥当性を有するものであり、経済的利益の獲得に何ら関係しない不法行為の示談契約にまで及ぶものではない。名義貸与者が名義を貸与することによつて負担すべき危険性はそれ自体営業行為たる取引の範囲に限定されるべきであり、不法行為に関する示談契約から生じる債務にまでその危険を負担させるのは名義貸与者の危険負担の予測可能性を超えるものであり、商法二三条の趣旨を逸脱するといわねばならない。

第二点 原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな証拠手続に関する法令違背がある。

原判決に挙示された証拠によつては原判決の確定した事実は認定できないのである。

即ち原判決は「本件交通事故は大久保行二が営業活動を行うについて惹起されたものと認められる」としている。

しかし被上告人においても本件交通事故がいかなる事情、状況において発生したものか何ら主張することもなく、さらに原判決が挙示する証人石川達哉の証言、被控訴人金今寛の本人尋問の結果によつても大久保行二が営業活動を行うについて惹起されたものとの事実は認定できない。その他原判決が引用する第一審の判決理由中の証拠のいずれからも認定できない。

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